窓ガラスにうすく曇りが残り、通りを抜ける湿った風が求人誌の紙をそっとめくる。石垣島への移住を考え始めた頃、私は求人サイトや求人情報の紙を行き来しながら「この時給で本当に暮らしていけるのか」を何度もざっくり計算していた。

生活費と働き方の下限を自分で決めておく
石垣島の仕事探しでは、求人票の数字を追う前に「自分の生活費」と「ここまでなら続けられる働き方」の二つに先に線を引いておくほうが、あとから条件を下げたり、連勤で体力を削ったりせずに済むと感じている。この記事では、私が島で働きながら整えてきた生活費と時給、労働時間との付き合い方を、できるだけ実感に近い形でまとめておく。
この記事でわかること:
- 石垣島で一人で暮らす前提で、手取りと生活費のラインをどう決めるか、その考え方の枠組みをつかめる。
- 繁忙期と閑散期、台風などの影響でシフトや収入が揺れるときに、どこで「これは続かない」と判断するかの目安が見えてくる。
- 週何時間まで働くか、通勤距離をどこまでとするかなど、無理をしないための小さな線引きを、自分なりに決めやすくなる。
石垣島の仕事探しと生活費ラインの考え方
私が最初に石垣島で働き始めた頃は、リゾートホテルの客室清掃のアルバイトで、時給630円からのスタートだった。当時の時給は今より低く、月の手取りはおよそ10〜12万円の範囲だったので、生活費を7〜9万円ほどに抑えられるかどうかを一つの目安にし、それを越えそうになったら暮らし方を見直す合図にしていた。家賃や寮費、光熱費、通信費、食費、移動費を足し合わせてこの範囲に収まるかどうかを、ノートに書いてざっくり確認するだけでも、気持ちは少し落ち着いた。
その後、同じ職場で数年かけて正社員になり、部署もフロント勤務へと移った。基本給や各種手当を合わせた総支給はおよそ15万円で、できるだけ夜勤を希望し、残業を月40〜60時間ほど詰め込んで、ようやく手取りが20万円を少し超えるくらいだった。本音を言えばあまり働きたくなかったが、当時の私は「稼ぎたいなら残業と夜勤を増やすしかない」と思っていて、暮らしのほとんどを仕事に明け渡している感覚が強かった。
数字だけを見れば「やり方次第で20万円は稼げる」のかもしれないが、体感としては、暮らしのほとんどを仕事に明け渡している感覚が強かった。この経験があってから、私は「最低これだけ必要だから何でもして稼ぐ」ではなく、「暮らしが折れない生活費の下限」と「ここまで働きたくないという本音」のあいだに現実的な線を引くようになった。
今は最低賃金も当時より上がり、沖縄でも時給1,000円以上が当たり前になっている。ただ、家賃や物価も変わっているので、具体的な金額をそのまま当てはめるより、「自分の手取りの中で生活費の上限を決めておき、それを越えそうになったら暮らし方を見直す」という考え方だけ残しておいたほうが現実的だと感じている。
暮らしが崩れやすい瞬間――繁忙期と閑散期、天気とシフト
石垣島の求人には、季節ごとの波がはっきりとある。観光の繁忙期である夏〜秋は、「4〜10月まで」「7〜9月だけ」といった期間限定のリゾートバイト系の募集が一気に増え、夏だけ働いて島を出ていく人も少なくない。一方で、同じ条件で長く働き続ける前提の求人は、それほど多くはない。
石垣島のリゾートバイトについての求人の波や数字の見方は、別の記事「石垣島のリゾートバイトの現実|試住で利点と欠点を数字で見極める」にまとめている。数字のイメージをつかみたいときに、あわせて眺めてもらえれば十分だ。
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石垣島のリゾートバイトの現実|試住で利点と欠点を数字で見極める
寮と損益で試住を判断。黒字額と住まい継続性で、続けるか移るかを静かに決めるための手順と数値の目安を一枚に。道筋を示す。
シフトの揺れも大きい。アルバイトの場合、繁忙期はフルで残業が続き、閑散期は極端にシフトが減ったり、ひどいときは自宅待機でほとんど入れない月もあった。正社員でも、閑散期は残業がほとんど無いので、月の手取りが一気に減ることがある。職場によっては副業が禁止されているため、「減った分を別の仕事で埋める」という選択肢も取りづらい。繁忙期の感覚だけで生活レベルを上げてしまうと、静かな季節に一気に苦しくなる。
天気の影響も無視できない。台風の影響で飛行機が止まり、宿泊客の動きや職場のシフトも急に変わる。台風で暴風域に入ったときは休みになることもあるが、リゾートホテルでは最少人数で回すため、逆に忙しくなり、「危なくて帰れないので空き部屋に泊まり込み」という働き方になることもあった。

通勤距離も、少しずつ効いてくる。寮が職場のすぐそばにあるリゾートホテルも多く、その場合は徒歩数分で出勤できて楽そうに見えた。私が最初に通っていた職場は自転車で片道20分ほどで、とても「近い」とは言えなかった。風の強い日や雨の日は、行き帰りだけで体力をかなり持っていかれる。残業が続く週は、帰宅後に食事と風呂を済ませるだけで精一杯になり、部屋を整える余力がなくなる。
こうした揺れは、誰かのせいというより、環境と自分の余力の問題だと感じている。「この条件だと長くは続けられないな」と分かったら、その感覚を無視しないほうがいい。いったん立ち止まり、「どこで線を引けば暮らしが折れにくいか」を静かに見直したほうが、結果的に移住も仕事も続けやすかった。
無理しないための小さな工夫――数字と距離の線引き
ここからは、数字に振り回されすぎずに暮らしを守るために決めてきた、小さな工夫をいくつかに絞ってまとめておく。
- 手取りと生活費の関係は、一度書き出しておく。ノートに「手取りの目安」と「生活費の上限」を並べ、生活費がその7〜9割に収まるかをざっくり見る。それを越えそうになったら、暮らし方か働き方を見直す合図にする。
- 働き方の上限を先に決めておく。一般的なフルタイムに近い週40時間を絶対の上限とし、「このぐらいなら続けやすい」と感じる週28〜36時間くらいを、自分の目安として書いておく。無理して残業と夜勤を詰め込んでいた頃より、線を決めたほうが落ち着いた。
- 通勤は片道15〜30分以内を目安にする。徒歩や自転車でその範囲に収まる職場を基本ラインにすると、雨の日や台風前後でも体力が持ちやすかった。通勤時間は、短いほうが翌日に疲れを残しにくいと感じている。
- 求人は、月に一度くらいざっと眺める程度にしていた。最後にホテルを辞めたときも、求人票ではなく、知人に誘われて今の仕事の前身になる会社へ移った。紙の条件だけで決めず、人とのつながりや働く場の雰囲気も大事にしてきた。

生活費や相場の数字は、インターネットや公式資料を見ればたくさん出てくる。ただ、最後に決めるのは「自分の体力と心の余裕に見合うかどうか」だった。数字はあくまでその判断を助ける材料、と割り切ったほうが、私は楽だった。
振り返りと、これからの暮らしの線引き
振り返ってみると、石垣島での仕事探しで一番役に立ったのは、「もっと稼ぐ方法」を増やすことよりも、「ここから先は条件を下げない」と自分なりの最低ラインを決めておくことだった。時給や月給が多少上下しても、生活費との釣り合いが大きく崩れない範囲に収まっていれば、暮らしは細くとも続いていった。
お金がない時期は、楽しみも自然とお金のかからない方向に寄っていった。海水浴は基本無料で、釣りやシュノーケルも最初に道具さえそろえてしまえば、あとはほとんど費用がかからない。欲しくても無理しないと買えないものは、一度ブレーキを踏んで「今は保留」と決めていた。その代わり、持っている服や靴を大事に扱い、結果として長く使うようになった。この感覚は、今でも無駄遣いをしない土台になっている。
仕事探しや働き方の基準は、人によってまったく違う。ただ、先に「どんな暮らし方を続けたいか」を決めておき、その暮らしに合わせて働き方や数字のほうを調整していくと、石垣島での仕事探しはぐっと現実的なものになると感じている。本音ではあまり働きたくない日もあるが、その気持ちも含めて線を引いておくことで、無理を重ねにくくなる。
数字が合えば、風の強い日も判断は少し軽くなる。
※本記事は個人の体験に基づく一般的な情報であり、最新の状況や安全上の注意は、石垣市や関係機関・事業者の公式案内で必ず確認してください。
※本記事は個人の体験に基づく一般的な情報であり、特定の行動や結果を保証するものではありません。医療・法務・金融など専門的な判断が必要な事項については、必ず公的機関や専門家の情報・助言を確認してください。
(筆者注:移住者の視点で執筆/最終更新:2025-12-01)
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