石垣島へ移住したばかりの頃、20時開始の送別会に時間通りに行った。ところが、店にいた参加者は私を含めて3人だけ。送別される主役が来たのは、22時ごろだった。
当時の私には、なかなか不思議な出来事だった。ところが、石垣島で長く暮らすうちに、今度は自分も飲み会へ少し遅れて行くようになっていた。

20時に店へ行ったら、まだ3人しかいなかった
石垣島へ移住した初年度のこと。当時働いていたホテルの関係者による送別会だった。参加者は最終的に20人前後だったと記憶している。
開始時刻は20時。私は時間通りに店へ向かった。店の前では、同じ時期にホテルへ入った年下の料飲スタッフ2人と一緒になり、そのまま3人で店に入った。
ところが、ほかの送別会参加者が見当たらない。20時になっても誰も来ず、3人のままである。
そこで私が考えたのは、参加者が遅れている可能性ではなく、店を間違えた可能性だった。しかし、店側も予約を把握していて、人が集まらないため、店員が幹事へ電話で確認していた。どうやら店は間違っていない。
20時開始だから20時に来た。別に複雑な計算をしたわけではない。それなのに、最初に疑ったのは自分のほうだった。
21時から集まり始め、主役は22時に来た
21時ごろになって、ようやく数人が一緒にやって来た。そこから少しずつ参加者が増えていったが、全員が一斉に集まるわけではない。送別会の主役はまだ来ていなかったものの、集まった人たちは先に飲み始めていた。
店員からは、この会社の人たちはいつも大体こんな感じだという趣旨のことを言われた記憶がある。そして22時ごろ、ようやく送別される本人がやって来た。
20時開始の送別会で、主役が来たのは22時。開始から2時間後だった。
ただ、主役が遅れて来たことに対して、周囲が強く怒ったり、驚いたりしていた記憶はない。本人がいなくても、本人の送別会は進んでいた。
もちろん、これが石垣島のすべての飲み会に当てはまるわけではない。私が参加した送別会では、こういう集まり方をしていたという話だ。
石垣島へ来た頃、面接でも3時間待った
実は、この送別会より前にも、時間について戸惑った経験がある。石垣島へ来て最初に働いた居酒屋の採用面接で、オーナーを約3時間待ったのだ。
なかなか来ないので、こちらから何度か電話をかけた。そのたびに返ってきたのは、もう少し待っていてほしいという趣旨の返答だった。そして、私は実際に約3時間待った。
送別会なら、主役が来なくても飲み始めることはできる。しかし、採用面接はそうはいかない。こちらだけで始めても、面接にはならない。
だからといって、石垣島では仕事の約束まで時間が曖昧なのだと言いたいわけではない。私が移住初期に経験した、もう一つの出来事だ。
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石垣島へ移住して最初の仕事を約1週間で辞めた|それでも島を離れなかった
石垣島へ移住して最初の仕事を約1週間で辞めた。次の仕事は決まっていなかったが、島を離れることは考えなかった。当時の行動を今振り返る。
気づけば、私も10分、20分遅れて行くようになった
そんな経験を重ねながら石垣島で暮らしているうちに、自分にも変化があった。一時期、飲み会などの集まりへ10分、20分ほど遅れて行くようになっていたのだ。
理由は単純だった。時間通りに行っても、まだ誰も来ていないことがある。それなら、自分も少し遅れて行けばいい。そんな感覚になっていた。
最初は時間通りに行って人がいないことに戸惑っていたのに、今度は自分が少し遅れて行く側になっていた。
ただし、何でも遅れるようになったわけではない。仕事の出勤時間は基本的に守っていたし、正式な予約などにも時間通りに行っていた。少し遅れて行くことがあったのは、主に飲み会など、自分がいなくてもその場が始められる集まりだった。
仕事には遅れない。でも、飲み会には少し遅れて行く。なかなか都合のいい線引きだが、実際にそうなっていた。
石垣島で暮らしていた頃、その年の夏だけ滞在するようなリゾートバイトの人たちが「島時間」という言葉を使うこともあった。ただ、私自身は普段からその言葉を使っていたわけではない。
今振り返ると、時間に対する考え方が根本から変わったというより、周囲の集まり方に合わせて、自分の行動も少し変わっていた。そのほうが、私の実感には近い。
後半は、また時間通りに行くようになった
では、そのまま時間にゆるい生活が続いたのかというと、そうでもない。石垣島生活の後半には、また時間通りに行くようになっていた。
特別なきっかけがあったわけではないし、意識して行動を改めたという記憶もない。自分としては、当たり前に戻っただけという感覚だった。
石垣島には15年以上暮らした。最初は時間通りに行って戸惑い、そのうち自分も少し遅れて行くようになり、最後はまた時間通りに戻った。
長く暮らす場所の習慣は、自分が思っているより自然に行動へ入り込むことがある。少なくとも、石垣島での私の時間感覚は、そんなふうに変わっていた。
