石垣島へ移住する前、私は島のことをほとんど知らなかった。見たものといえば、観光雑誌を立ち読みした程度だった。
頭にあったのは、「南の島」「離島」「海がきれい」といった断片的なイメージくらい。石垣島の位置も、大きさも、市街地がどんな場所なのかも詳しく調べていなかった。沖縄本島のすぐ近くにあって、船ですぐ行けると思っていたくらいだ。
かなり雑な理解である。これから住もうとしている場所なのに、私はその程度の情報しか持っていなかった。
それでも頭の中では、自然の多い「何もない島」ができあがっていた。実際にはほとんど調べていないのに、イメージだけは妙に完成していた。
ところが、実際に石垣島へ着くと、そのイメージはかなり早い段階で崩れた。

石垣島をほとんど知らないまま移住した
移住前の私は、石垣島だけでなく、竹富島や西表島がどんな島なのかも詳しく知らなかった。「南の島」「離島」という言葉から、自然の中で暮らすような場所を漠然と想像していたのだと思う。
スーパーやコンビニ、銀行もない。飲食店やバーが並ぶような繁華街もない。実際の石垣島をほとんど知らないまま、そんな「何もない島」を勝手に想像していた。
ただ、毎日が観光の延長になると思っていたわけではない。移住すれば仕事をして、買い物をして、普通の生活が始まる。そのこと自体は分かっていた。
少し変な話ではある。普通の生活が始まると思っているのに、その生活をする街がどんな場所なのかは、ほとんど分かっていなかった。
それでも、南の島なら今までより少しのんびり暮らせるのではないか、という淡い期待はあった。石垣島が実際にどんな場所なのかは分からなかったが、よほど嫌でなければ、そのまま住んでみるつもりだった。
当時の石垣空港に着くと、飛行機の窓から大手スーパーの看板が見えた
石垣島に着いたのは、現在とは別の、当時の石垣空港だった。
飛行機が着陸して、まだ機内にいるときだった。窓の外を見ると、大手スーパーの看板が見えた。
私の頭の中にあった「何もない島」には、そもそもそんな大手のスーパーがなかった。まだ飛行機を降りてもいないのに、早くも自分の想像とは違うものが見えていた。
空港には友人が迎えに来ていた。友人とタクシーに乗り、市街地にある友人宅へ向かう途中には、コンビニも見えた。観光客と思われる人や、タクシーの多さも目に入った。
自然の多い離島を想像していた私には、見えてくるものが次々と想像から外れていった。
そのあたりで、心の中に出てきたのが、
「何でもあるじゃん」
だった。
もちろん、本当に何でもあるという意味ではない。石垣島へ着いたばかりで、島での生活がどんなものなのかもまだ知らない。
それでも、大手のスーパーがあり、コンビニがあり、人や車が動いている。それだけで、私が移住前に作っていた「何もない島」とはずいぶん違って見えた。
-

石垣島の買い物はスーパーだけではなかった|島の食べ物がいつもの食事に
石垣島で15年以上暮らし、スーパーだけでなく弁当屋や商店、刺身屋も使った日常と、島の食べ物がいつもの食事になった変化を振り返る。
到着した日の市街地は、観光客の多い地方都市のように見えた
友人宅へ着いたあとも含め、その日のうちにバスや居酒屋、ホテル、繁華街などを見た。夜になっても人通りがあり、繁華街には明かりがある。
大手のスーパー、コンビニ、車、人、タクシー、ホテル、居酒屋。一つひとつは珍しいものではない。ただ、それらが石垣島にあることを、当時の私はほとんど想像していなかった。
だから余計に、市街地が都会のように見えたのだと思う。私には、地元より都会に感じる場面もあった。当時の実感にいちばん近い表現を選ぶなら、「観光客の多い地方都市」だった。
これは、石垣島全体の都会度を比べた話ではない。私がそう感じたのは、到着した日に見た市街地や繁華街だった。
私が比べていたのは、どこか別の都市ではなく、移住する前に自分で作っていた「何もない島」のほうだった。
そりゃ、想像の中に店も繁華街もなければ、実際の市街地は都会に見える。
安心したとか、拍子抜けしたとかいうより、「想像と全然違う」という驚きのほうが大きかった。
違っていたのは、調べずに作っていた私のイメージだった
今振り返ると、石垣島が私の期待を裏切ったわけではない。そもそも私は、実際の石垣島をほとんど知らなかった。
「南の島」「離島」「海がきれい」といった少ない情報から、自分なりの石垣島を頭の中に作っていた。そして実際に着いてみると、飛行機を降りる前から、そのイメージとは違うものが見え始めた。
到着した日の市街地は、私には「観光客の多い地方都市」のように見えた。そこで出てきたのが、「何でもあるじゃん」という驚きだった。
考えてみれば、石垣島のほうは最初から何も変わっていない。ほとんど知らないまま「何もない島」を作って、実物を見て驚いていたのは私のほうだ。
違っていたのは石垣島ではなく、ほとんど調べないまま私が作っていた「何もない島」というイメージのほうだった。
