2006年ごろ、石垣島へ移住する前のことだ。
友人から「石垣島は物価が安い」と聞いていた。酒の話をしていて出てきた言葉で、私の記憶では、おそらく泡盛を指していた。
実際に暮らしてみると、安いと感じる物もあれば、高いと感じる物もあった。
そして今、当時の暮らしを思い出したときに一番残っているのは、「物価が安かった」「高かった」という評価ではない。
給料日前に、あといくら残っているかを見ていたことだ。

「物価は安い」と聞いた。おそらく泡盛の話だった
石垣島で暮らし始めてからも、泡盛は安いと感じた。だから、友人の話が間違っていたとは思っていない。
大きく受け取ったのは、私のほうだ。友人が話していたのはおそらく泡盛だったのに、私は「石垣島は物価が安い」という話として受け取っていた。
もっとも、物価が安いと聞いたから石垣島へ移住したわけではない。移住前に生活費を細かく計算したり、家計表を作ったりしていたわけでもなかった。
無人販売は安い。でもスーパーでは高く感じる野菜もあった
石垣島へ移住したあと、友人宅で過ごした期間を経て、リゾートホテルで働き始め、相部屋の寮へ入った。
寮の近くや通勤途中には無人販売があった。トマト、オクラ、レタス、ゴーヤ、パイナップルなど、島で採れた野菜や果物が売られていて、私は安いと感じていた。
一方、スーパーでは高いと感じる物もあった。もやし、きゅうり、トマト、ほうれん草など、一部の野菜だ。
特にもやしは覚えている。本土にいたころの私にとって、もやしは安くて節約生活の味方という感覚だった。
ところが石垣島では、そのもやしを高いと感じた。記憶では99円ほどだった。
もやしに99円。私は買わなかった。
私の中で、もやしはそういう値段の食べ物ではなかった。
もちろん、石垣島の野菜が全部高かったという話ではない。無人販売の島産品は安いと感じていたし、買う場所や品物によって感じ方は違っていた。
車に乗るようになってからは、ガソリンも高いと感じていた。
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石垣島で車なし生活はできる?|私が数年暮らせた条件
石垣島で、記憶では3〜4年ほど車なしで暮らした実体験から、日常生活が回った条件と、雨や遠出、大きな買い物で残った不便を振り返る。
ただ、当時の私は「石垣島は物価が高い」と大きくまとめて考えていたわけではない。「野菜は高いな」「ガソリン代はきついな」と、その都度、一つずつ感じていた。
「石垣島は物価が安い」。言葉にするとずいぶん簡単だが、暮らし始めると、そんなにきれいにはまとまらなかった。
手取り10万〜12万円ほど。給料日前には残金を見た
寮へ入ってからは自炊するようになった。毎日外食したり、総菜を買ったりしていては、当時の収入ではお金が足りなかった。
手取りは月10万〜12万円ほど。しかも私は酒が好きで、酒にもお金を使っていた。まともに貯金もできていなかった。
だから、給料日前にお金が少なくなっていた理由を、石垣島の物価だけに押しつけるのは違う。
こちらにも、ちゃんと心当たりがある。
家計簿や予算表を使って、きっちり管理していたわけでもない。給料日前になると、次の給料日まで何とかなるかを考えていた。
お金を上手に管理していたわけではない。給料日前に残金を見て、安い食材を選び、買う物を減らしていただけだった。
節約術と呼ぶには、だいぶ身も蓋もない。
夏は電気代にも驚いた
夏の寮ではエアコンを使っていた。電気代の請求を見て驚いたことは覚えているが、正確な金額はもう覚えていない。
エアコンを使わない人から聞いた電気代は、私の半分ほどだった。ただし、部屋の条件や在室時間、そのほかの電気の使い方が同じだったかは確認していない。
だから、「エアコンを使ったら電気代が2倍になった」とまでは言えない。
ただ、私にはエアコンを使わずに夏を過ごすという選択はできなかった。
泡盛や無人販売の島産品は安いと感じた。スーパーでは高いと感じる野菜があり、車に乗るようになってからはガソリン代もきつかった。夏には電気代の請求を見て驚いた。
当時の私は、島の物価を一つの答えにまとめて暮らしていたわけではない。給料日前になれば残金を見て、少なければ安い物を選び、買う物を減らしていた。
「物価」という言葉は大きい。給料日前の残金は、ずいぶん具体的だった。
「石垣島の物価」という大きな言葉より、私に残っているのは、そっちの暮らしだ。
